
Veritas No.11 (2000.7.7)

<なにか明るい話>
<特集>Veritas図書コーナー開設
<本学教員主催の研究会>

![]()
なにかと心痛むニュースばかりが目に付く昨今、<なにか明るい話>を巻頭にということで原稿をお願いしました。
A Happy Story
When I was asked to write a happy story, I immediately thought of something that happened last summer. Oddly enough, the beginning of this story starts with me being hit by a car on my bicycle! To make a long story short, I wasn't hurt and my bicycle sustained minor damage. However, from this accident I met two very kind people. The occupants of the car that hit me were an older couple from Kyoto. They were very kind and considerate after the accident, and despite the rather unfortunate circumstances of our first "meeting, we became friends. Now it's nearly a year later, but we still occasionally meet for lunch in Kobe, and despite our language difficulties, we have a wonderful time chatting. This story confirms that strangers truly are just friends we haven't yet met.
![]()
森永康子 人間科学部助教授
E-mail:morinaga@mail.kobe-c.ac.jp私の周りにいる学生たちは明るくたくましい。それぞれ悩みはあるのだろうが,世の中の明るい部分を全部吸い取って輝いているようだ。だから世の中は暗くなってしまったのだろうか。だとすると話は簡単。太陽の光を浴びて輝く月のように,暗やみに惑う我々も彼女達のそばでそのたくましさと明るさを分け与えてもらって生きていこうではないか。
![]()
鈴木信一 大学事務長
E-mail:s-suzuki@mail.kobe-c.ac.jp「一鳥
啼きて山さらに幽なり」私には、幾つか忘れられない山での体験がある。何年か前の冬、千曲川源流をたどって甲武信岳(2460m)に登ったことがある。小海線の川上から入り、気温マイナス5度、視界のままならない烈風のなかを進んだが、千曲川に出会う毛木平にかかると、不思議に風はぴたりと止んだ。このとき、一瞬、けたたましい鳥の声がして、あたりに響きわたった。そして、その後は静けさが凍り、何か神経が研ぎ澄まされるような気持ちになった。まさに、「一鳥啼きて山さらに幽なり」とは、こういうことかと思った。この不思議な実感は、今もって忘れられない。「静かな世界とは、必ずしも音のない世界のことではない」のである。
![]()
山田由美子 英文学科教授
早くも梅雨入りを思わせる日々が続きますが、恵みの雨も、不快指数を増し、あちこちに黴を発生させるとなると、あまりありがたくないものです。湿度過多の気候ゆえか、わが祖国日本は、人情の機微の細やかさについては世界中のどこにもひけを取らないのですが、時にはそれが嵩じて息苦しくなることも事実です。サハラ砂漠で虫干しすれば一挙に解決するはずですが、したくても余裕がないという人々にお勧めするのが、1930年代にアメリカで作られたマルクス兄弟の喜劇映画です。
口ひげ、眼鏡、早口の詭弁家グルーチョと、イタリア語訛りのチコの掛け合い、一言も口を利かずに、黙々といたずらをくり返すハーポを中心に、軽快なテンポでくり広げられる超現実的な喜劇は、辛口で痛快、センチメンタルな感情のひとかけらもなく、見終わった後に不思議な爽やかさが残ります。ビデオ屋さんで出会ったら、ぜひお試しください。代表作に「カモ」(1933)、「オペラは踊る」(1935)などがあります。(同じ頃チャップリンが活躍し、喜劇映画としてはこちらの方が有名ですが、喜劇と悲劇を混交させているので、われわれ日本人に劣らず湿度過多。梅雨時や真夏にサウナに入りたいという方はこちらをどうぞ。)
![]()


<特集>
先生方に(1)ご専門の領域の推薦図書、(2)最近読んで面白かった図書を伺ってVeritas図書コーナーを開設しています。 折角の機会ですから、より多くのみなさんに読んでいただけるように図書館本館閲覧室の<よみものコーナー>の一角に<Veritas図書コーナー>を設けて先生方に教えていただいた図書を集めています。暑い夏、活動が低下している脳に刺激を与えましょう。ご利用をお待ちしています。
尚、このコーナーはVeritas次号発行(2000年10月を予定)まで、期間限定の開設です。
![]()
荒賀文子 総合文化学科助教授
E-mail:araga@mail.kobe-c.ac.jp・専門領域の推薦図書
乾正ほか編著「変わりゆく精神保健・医療・福祉」(医学書林)
現在、わが国の精神保健・医療・福祉は歴史的な転換期を迎えている。本書の大きな特徴は、この転換期にある精神科医療と福祉の領域の第一線で行われている実践と理論を同時にみることができるところにある。しかも、これらの著者は、長年この道での第一人者でもある。医療・福祉領域の第一戦で取り組んできた実践が、日々、試行錯誤しながら、また確かな手応えを感じながら、力強く綴られている。医療領域では精神科病院、総合病院精神科、精神科診療所それぞれの実践が、福祉領域としては社会復帰施設と地域生活支援センター、作業所の実践が、そしてこれら実践を裏打ちするものとして、精神障害の理解と現状を把握するための理論部分と、精神障害者施策の変遷や転換期の保健所の精神保健福祉業務の課題、さらにまとめの役割を担っている最後の章の「これからの精神保健・医療・福祉」が一体となって構成されている。そして医療領域各機関ではいかに地域を視野に入れた治療を模索しているかを述べ、福祉領域の各機関では、地域住民を巻き込んだ生活支援をどう展開させるか、活動をいかに普遍化させるかであり、内容の濃いものになっている。
今後の課題は、これら精神保健、精神科医療、福祉それぞれの領域の連携をいかに進めていくかであり、各領域の相互理解と連携に示唆を与える先駆的な書物といえる。
本書の編著者によれば、はじめのタイトルは「これからの精神保健・医療・福祉の方向性」であったが、原稿が集まった段階で「めまい」に襲われそうになったという。実際本書に収められている各領域の実践は、精神科医療から生活支援、さらに市民への啓発の実践まで多様化、複雑化、広域化しており、一つの概念や軸ではまとめきれない内容になっている。そこで編著者は、タイトルを「変わりゆく精神保健・医療・福祉」に変えたところ、少し視界が広がったというが、速やかにタイトルを変えた編著者の柔軟な精神に改めて驚嘆し、お人柄を感じ取った次第である。
・最近読んで面白かった図書
マルコム・カウリー「八十路から眺めれば」
人は必ず老いる。タイトルに惹かれて読んだ本である。アメリカの文芸評論家、詩人であるカウリーは、80歳を越えた自己自身や同窓生、そして参照にした5人の「老年論」からみえる老いについて、まるで風景を見るように眺めて、分析し、洞察している。参照にした5人の内4人については、50代や60代というのは、老いについて語りたくなるらしいが、まだ若すぎて「少年・少女」たちだ、とサラリと皮肉り、老いた人間の気持ちなどわかるはずはないという。83歳のフロリダ・スコット・マクスウエル女史の報告に共感し、老いてみなければ見えないものがあり、真の老いの世界は、新たな経験に満ちており、老いるにつれて、死も、生も、世間も、自分の肉体と精神もちがった姿で見えてくるという。また老人は同じ大型客船に乗り合わせているが、一等、二等、三等の区別があり、老年の不平等は青春よりもはなはだしい。しかし老年にあっては資産や収入以外に、健康、感受性、教育、自己の評価などがより多く人生に貢献するという。最後に著者は、人生と呼ばれる芝居の「趣向」を発見しよう、その第1歩は「思い出す」ことであり、それは己の自己同一性の獲得を助けることであると提言している。
この本は、エッセイというよりも「老年(人)論」に近い。特に提言している「回想法」は、痴呆の援助方法の一つとして今注目されている。しかし、痴呆であろうと痴呆でなかろうと、自分がいきいきと生活していた時を「思い出す」ことは、老いによって自信をなくしかけている者が、「これが自分だ」と確信し、自信を取り戻し、そして改めて、老いた自己を受容していくことができるのであろう。随所に著書の心情が溢れており、味わい深く読むことができる。

![]()
東森勲 英文学科教授
E-mail:i-higasi@mail.kobe-c.ac.jp・専門領域の推薦図書
田窪行則ほか「談話と文脈」(岩波書店)
特に、第1章の語用論の基礎概念はぼくの専門の関連性理論と認知語用論について基本的項目を入門者にもわかりやすく解説してくれているので助かる。
・最近読んで面白かった図書
子供と一緒に見た映画のシナリオで、つなぎ語やメトニミーのデーターがいっぱい詰まっているいい資料となる。

![]()
平井雅子 英文学科教授
・専門領域の推薦図書
マリオ・プラーツ「ムネモシュネ」(ありな書房)---700/PR1
「絵画的想像力」という言葉があるが、文学を読む際にそれを視覚化してとらえるということが、ひとつひとつの言葉の意味、働きをそのコンテクストの中でとらえることと重なって重要である。しかし、その絵画的想像力もしくは絵画そのものをなりたたしめる想像力が、時代とその精神によって本質的に左右されるとしたら、それがまた繰返し消えては現れる創造のリズムを持っているとしたら…。文学と視覚芸術の間の平行現象から、時代精神の意味、さらにその時代をとびこえて現れる創造の複雑なダイナミズムまでを、個々の作品の見方を示す具体性と、どきどきする筆致でとらえていく。
・最近読んで面白かった図書
小森陽一「小森陽一 ニホン語に出会う」(大修館書店)---D/13
人はどのような過程をへて言語を習得し、その文化を獲得するのか。小学校時代にチェコスロバキアで暮らしロシア語学校に通った小森君が体験した様々な困難、衝撃、緊張、必死の集中と学習。そのこっけいさと、けなげさは、しかし日本に帰った小森君が出会うことになるさらなる異文化ギャップ、言語ギャップの比ではない。チェコにいた間も日本語の本を勉強していた彼は、日本語にかなり自信をもっていたからなおいけない。友達の欠点と長所を指摘してから付き合おうとする「冷酷な」小森君。男女の別なく抱きついて友への気持ちを示そうとするエッチな小森君。ユーモラスな語り口を通して、言語と文化の習得の意味や、日本語、日本文化の特性を意識的にを考えさせる。

石黒晶 音楽学科助教授
E-mail:ishiguro@mail.kobe-c.ac.jp・専門領域の推薦図書
藍川由美「これでいいのか、にっぽんのうた」(文春新書)
日本の歌、アジアの歌の演奏一筋に歩む著者による、現場からの問題提起の書。一見刺激的な発言も、実は膨大な研究に裏付けられた説得力に満ちたものである。
・最近読んで面白かった図書
池上永一「バガージマヌパナス わが島のはなし」(文春文庫)
南島フリークの私にはうれしいメルヘンであった。沖縄の女性たちのたくましさ、優しさが伝わってくる。読後感さわやか。

![]()
石川康宏 総合文化学科助教授
E-mail:yisikawa@mail.kobe-c.ac.jp
・専門領域の推薦図書
川口清史「ヨーロッパの福祉ミックスと非営利・協同組織」
政府が社会保障についての公的責任をとることが必ずしも公的施設の直接的な運営を意味するばかりでないことをヨーロッパの実情の紹介もあわせて提起する。「措置制度から保険制度への転換を参加型福祉の形成への転機とする」。この主張を今日の日本でそのまま受け入れるのはむずかしいが、刺激的で斬新な問題提起の一冊ではある。
・最近読んで面白かった図書
高樹のぶ子「百年の預言」上・下 (朝日新聞社)
朝日新聞に連載された長編小説の単行本化。ルーマニア・チャウシェスク政権の崩壊過程に、日本の現地外交官とバイオリニストの恋人が、ルーマニア人作曲家の100年前の楽譜に隠された秘密の解読をつうじて次第に深くかかわっていく。政治小説であり恋愛小説であり音楽小説でもあり、充分に楽しめる一冊。

![]()
岩田泰夫 総合文化学科教授
E-mail:y-iwata@mail.kobe-c.ac.jp・専門領域の推薦図書
社会福祉にかかわる体験記の紹介
社会福祉学は、社会を舞台に生きる人々の生活に焦点を当てている。ここでは、社会を舞台にして生きる人々の体験記をあらわした著書を紹介する。病気や障害などをもちつつ生きる人々やその家族、また、その人々にかかわる専門職などの「体験記」を中心に紹介する。私たちは、まず、病気や障害などをもちつつ生きる人々の生命を削りながら書き綴った生命の「こえ」を聴くことから学びの出発としたい。そして、それらを踏まえながら、またそれともに、私のホットな心を育て、「私なりの社会福祉学」を確立していただきたい。
和田佳代子ほか「とまどい」(ミネルヴァ書房)不登校

黒田浩一郎 総合文化学科教授
E-mail:kuroda@mail.kobe-c.ac.jp・専門領域の推薦図書
黒田浩一郎ほか編「医療社会学を学ぶ人のために」(世界思想社)
日本で初めての本格的な医療社会学の入門書

![]()
松田央 総合文化学科教授
E-mail:hmatsuda@mail.kobe-c.ac.jp・専門領域の推薦図書
ティク・ナット・ハン「生けるブッダ、生けるキリスト」(春秋社)
仏教者の立場からキリスト教の霊性を深く理解している。
・最近読んで面白かった図書
ルーテル神学大学教職セミナー「いのちを深く考える」上・下(キリスト新聞社)
医療と宗教から見た死生観を多面的に考察している。

![]()
宮本道子 人間科学科助教授
・専門領域の推薦図書
スピノールの定義や、3次元空間においては、SU(2)グループ表現におけるスピノール、SO(3)のスピノール表現、パウリのスピノール等について、又4次元空間では、ローレンツグループの表現やディラックスピノールについて書かれています。
・最近読んで面白かった図書
原島圭二「光合成細菌の世界」(共立出版)
葉緑素の中の緑色光合成細菌だけではなくて、もっと多くの種類の光合成細菌によって、光合成が行われていることが、知られてきているようです。炭酸ガスを還元してくれる植物に少し注意を注いでみました。

![]()
森永康子 人間科学科助教授
E-mail:morinaga@mail.kobe-c.ac.jp
・専門領域の推薦図書
デボラ・ブラム「脳に組み込まれたセックス」(白揚社)
女と男が違うのは、生物学的なものなのか、それとも文化が作り出したものなのか。その前に、そもそも本当に女と男は違うのだろうか。心理学、進化論、生理学などのいろいろな情報を詰め込んだこの本を読めば、そんな問題が解決するどころか、ますますわからなくなってしまう。でも、やっぱりおもしろいのは,結論がないからかもしれない。
・最近読んで面白かった図書
田村由美「
戦う時は少年、愛を語る時は少女。古くは「リボンの騎士」や「ベルサイユのばら」などなど。主人公はジェンダーを演じ分けているだけか、両性具有性か、はたまた自我が分裂しているのか。ま、そんなことを考えなくとも、おもしろい。戦う少女よ、がんばれ。

![]()
岡本佳子人間科学科助教授
E-mail:k-okamot@mail.kobe-c.ac.jp
・専門領域の推薦図書
Vesta(季刊ウエスタ)38号 特集:乗りものと食 (味の素食の文化センター)
宇宙食から駅弁まで、国際列車は新オリエント急行からインドの列車の食事、船はタイタニック号や伊予丸大平洋横断ヨット、果ては遣隋使や遣唐使まで、飛行機はツエッペリン号から機内食にいたるまで、時間空間をこえて旅をしている気分になる。現実性のない誌上旅行は読んでいるだけで実に愉しい。乗物という閉鎖的な空間の中で、仕事や楽しみの中で、人間は豪華な食事や、日常食を食べるという行為を絶えず営んでいるのである。時には不安や死の恐怖を伴った不確実性のなかでさえ食べ続けるのである、そこでは単に栄養素を摂取するということではない、食べ物の持つ機能がより一層浮き上がってくる。
・最近読んで面白かった図書
多田道太郎編「環境文化を学ぶ人のために」(世界思潮社)
本学に人間科学部ができて8年目を迎えた今、ようやく道筋が定まって来たように見える。本書の目次を追ってゆくと、心理、健康、知覚、社会、音楽、法律、ことば、リサイクル…等々(順不同)馴染みの言葉が飛び込んでくる。読み進むほどに人間科学部は他学部と合体して、神戸女学院大学は一学部一学科として存立可能であることを示唆している。そもそも女学院ははじめから厳然としてそうであったかのようにである。まさに文化は分化ではなく、共存統合の時代に入ったのだろうか、それとも環境がそうなさしめるのだろうか。

![]()
・専門領域の推薦図書
S・ホブフォル他「共働き生活がもっとうまくいく発想法」(実務教育出版)---B/45
著者のS・ホブフォルさんは、ストレス研究における世界的な第1人者です。この本は、彼のストレスにおけるCOR理論の応用編ともいうべきもので、研究の成果をどのように応用の場面で考えるかについて示唆を与えてくれます。将来、共働きになるかもしれないという人たち、ストレスについて詳しく知りたいという人にお奨めです。ホブフォルさんは、最近は、ぼく自身も興味をもっているPTSDに関連する論文も多く発表しています。また、現在、英文学科のEngler先生にもお手伝いいただいて、ホブフォルさんと共同研究を行っています。
・最近読んで面白かった図書
下條信輔「意識とはなんだろうか」(講談社現代新書)
中公新書に同じ著者によるサブリミナル・マインドという本がありますが、これは、その続編という位置付けの本で、現在、カリフォルニア工科大学にいる著者が、東大教官の時に、教養部でおこなった心理学・認知行動科学の講義を元にしたものです。狭い専門性に偏らず、かつ、最新の専門知識を分かりやすく説明するという難しい課題をこなした本で、心理学・行動科学に興味をもつ方々への入門的な書物としては最善のもののひとつだと思います。

![]()
清水忠重 総合文化学科教授
E-mail:t-simizu@mail.kobe-c.ac.jp・最近読んで面白かった図書
M・ヴェーバー「歴史学の方法」(講談社学術文庫)
『歴史学の方法』という月並みなタイトルでは、手にとるひとはいないかも知れない。著者がヴェーバーとなっていなかったら、わたしもたぶん発注していなかったと思う。原題は「文化科学の論理の領域における批判的研究」で、学生時代にいちど盛岡弘通訳で読んだことのある論文だった。ヴェーバの方法論論文のなかでももっともまとまった議論が展開されていて、たぶん20世紀の方法論論文を代表するものではないかと思う。大学4回生のとき、卒論そっちのけでヴェーバーに埋没し、おかげで卒論のほうは書けなかった。こんかい読み返してみて、これは歴史学(社会科学)の方法を語ったものである以上に、ヴェーバーの人生哲学(という言い方が悪ければ、生き方の方法論)を語ったものではないかという印象を受けた。
歴史上のできごとの原因をさぐるばあい、これこれの原因はAでもBでもCでもなくてDであるということがいえるためには、どういう論理的な手順が必要か。もし、ビスマルクが決意していなかったなら、普仏戦争は起こっていなかったであろうかというようなことを問うばあい、ビスマルクの「決意」の因果的意義はどのように秤量さるべきかというのが、この論文のあつかっているメーンテーマである。ヴェーバーはわれわれがつね日頃ものごとを判断する際に、経験則をもちいて、どのようなかたちで判断しているかを論じ、それを昇華させるかたちで、社会科学の方法論を提示している。つぎのようなたとえが出てくる。子供のいたずらに手をやいた母親が、子供の顔を張りとばす。これを見ていた夫が、妻のやり方をとがめる。これに対して彼女は、「もしわたしがあの少しまえ料理女と口論をしていなかったなら、平手打ちなど食らわせなかったでしょう」といって言いわけをする。「平手打ち」(結果)が子供の「いたずら」(原因)に対する恒常的な反応としていつもいつもなされているわけではなく、今回だけの偶発的なものであること、両者のあいだに「適合的な」因果連関がないことを、夫の経験知(彼女の通常の振る舞い方に関して夫のもっているそれ)に訴えかけようとしている例として出されている。われわれが日常生活の対人関係のなかで、「もし、これこれの目的を達成しようとするばあい、どういう手段をとったらいいか」と問うばあいにも、その手段の適合性はつねに(社会と人間の行動様式に関する)自分の手持ちの経験則に照らして判断されている。歴史学がある「結果」を引き起こす上で適合的な関係にあったとみられる「原因」を確定しようとするばあいもおなじことで、よく歴史に「もし(あのとき・・・であったならば・・・)」という問いは禁物だといわれるが、ヴェーバーは逆に「もし」を想定しなければ、歴史学(社会科学)における因果帰属は絶対に不可能だという。「価値解釈」と「価値分析」、「実在根拠」と「認識根拠」、「客観的可能性」といった有名な概念をもちいて、この因果帰属の問題を論じたのがこの論文で、ヴェーバーの方法は要するに現実生活のなかに浸透している論理を抽出し、それを定式化するかたちで、あるいは実生活上の方法を学問上の方法へと昇華させるかたちで提示されている。
ヴェーバーの方法論は、近代社会ではどういうものの考え方が前提とされているかに関するかれの把握から導き出されている。自然・社会科学の諸分野はそれ自身でその学問の存在理由を根拠づけることはできない。天体の運行を研究したり、歴史研究に時間を費やしたりすることになにか意味があるのかないのかといった問いに対して、天文学や歴史学自体はよう答えない。(人生の意味についていえば、人生もまたしかり)。価値と意味づけを支えているのは個人だけであるという認識から、社会理論も方法論も徹底して個人主義的なスタイルをとる。したがってヴェーバーは発展段階説のような図式(人間の主体的意識を抜きにした観念の大殿堂)をしりぞけ、(経済やリビドーといった)あるひとつの要因を究極原因にまつりあげて、それが歴史の動向や人間の行動を究極的に規定するといった発想もしりぞけて、方法論も個別研究ももっぱら経験則を中心にすえて論じる。『経済と社会』で示されているかれの社会学理論は、歴史上、生起する確率の高い経験則の束でもって組み立てられた理念型である。一方における抽象理論(その妥当性を経験的に論証することも反証することもできないような信仰めいた世界観)と、その対極にある素朴実証主義を両面批判するものとして書かれたのがこの論文である。
英、仏の歴史家の書いたもの、たとえばE.H.カーの『歴史とはなにか』やマルク・ブロックの『歴史のための弁明』などはこの論文から数十年後に書かれたものであるにもかかわらず、どの点をとってみてもヴェーバーの水準には達していないような気がする。ヴェーバーの論文が社会科学の方法論であるまえに、かれの個別研究全体を支えるベースとしての方法論、生き方の方法論にもなっていて、哲学的な深みをおびているのに対して、カーやブロックのものはいってみれば職人の小手先細工みたいなもので、学問の意味を問う姿勢もなければ、現状認識の内省が示されているわけでもなく、かれらの生活全体、著作全体を縛り上げるような意味での方法論が提示されているわけでもない。この論文は1906年に発表されているから、ヴェーバーの神経症がなおったのち書かれたものであるが、病気が回復したので書いたというよりも、むしろ逆に学問上、人生上の方法論の見通しがついたので精神病のほうもなおったと考えたほうがよい。自分の生活の諸領域をノンシャランに放っておくのでなしに、生活全体を方法的に縛り上げようとするタイプの人間のばあい、フレームの一端に疑問が生じた場合、すべてが崩壊する不安をおぼえたはずで、この方法論論文を抜きにしてヴェーバーの再出発はなかったはずである。「ロッシャーとクニース」や「客観性」の論文よりもはるかに整備された議論を展開していて、ヴェーバーの方法論論文のなかでもいちばん完成度が高いものだという印象をあらためて受けた。

![]()
津上智実 音楽学科教授
E-mail:tsugami@mail.kobe-c.ac.jp・専門領域の推薦図書
渡辺裕「音楽機械劇場」(新書館)---780.07/WA2A
18世紀末以来の西洋音楽の歴史を、新しいメディアやテクノロジーとのかかわりの歴史として捉え直す実にユニークでおもしろい本です。ベートーヴェンのペダルの用法や指使い、ビューローによるクラマー練習曲編纂の意図など、目からウロコのトピック満載で音楽学部必読の一冊。その時々のハイテク機器に取り組んだ音楽家たちの格闘の軌跡を知ることは、今現在の音楽とハイテクとの関わりを考える上でも大きな力になるでしょう。滑らかな語り口で脳味噌のマッサージをしてくれて、これまで自分が縛られていると気づかなかった縛りから物の見方を開放してくれます。
・最近読んで面白かった図書
小澤俊夫「昔話の語法」(福音館書店)
昔話は耳で聞かれてきた時間的文芸であるという認識を出発点に、昔話固有の語法、すなわち語りの文法、言葉づかい、構成について、マックス・リュティの様式理論を軸に分かりやすく説かれています。「おむすびころりんすってんてん」(書中では「にぎりめしころころ」とされています)や「白雪姫」といったなつかしいお話の組み立て、その独自の形式意思がすっきりと見えてきて爽快。付録のCDで遠野の語り部鈴木サツさんの語りが聴けるのも魅力です。

![]()
・最近読んで面白かった図書
鈴木晶「精神分析入門を読む」(NHKブックス)
わかりやすくて内容は過激なSho先生の本は(訳書も)みんなおもしろいです。
P. Lehman & other. Thinking about Movies. Harcourt Brace College Pub.---791/LE2
日本の映画批評はだらけたプロモーションか理屈の多すぎるご卓説ばかりでさっぱり美味しくありません。その点、アメリカの映画学者は使える限りの学術的ツールを動員して、とにかく映画を「骨まで」味わおうとしています。この知的食欲の旺盛さにはとりあえず感動。この本、誰か翻訳して下さい。(私がやりたいけど暇がない)

![]()
上西妙子 総合文化学科教授
E-mail:uenishi@mail.kobe-c.ac.jp以下は、最近読んで面白かった図書ではありません。しかし、文庫版で出ているのを見て、「安くていいな」と手に取ったら、「改めていい本だ」と思った本です。
『夢みる権利』ガストン・バシュラール、ちくま学芸文庫。そこにはまず、「夢想することと、見ることとはほとんど一致することがない。あまりにも自由に夢想する者は見る眼を失い、自分の見たものをあまりにも明瞭に描きだす者は深奥の夢想を失う」とあります。しかしこの本は、両者の一致へと誘う本なのです。つまり、前記の文には、二種の異質な人間活動が言及されているのですが、この本では、科学者・詩人バシュラールが、「物質に感応して、夢想すること」を語るのであり、これらの、合体の難しい二種の活動が一つとなっている例によって成りたっているのが、この書物というわけです。全部を読まなくとも、美しい「物質的、思索的夢想」に人を誘う言葉のいくつかに出会うことは確実です。バシュラールのその他の著作の表題には、『水と夢』、『大地と意志の夢想』、『蝋燭の焔』があります。さらにもう一冊、他のところで推薦したことのある書物ですが、同じ学芸文庫の、エウヘーニオ・ドールス『プラド美術館の三時間』を、再び強く推薦します。これら2冊を読めば「感じると言う事」の意味を考えたくなるでしょう。

![]()
和気節子 英文学科専任講師
E-mail:naota@mail.kobe-c.ac.jp・専門領域の推薦図書
イギリス・ロマン主義文学の幅広く、かつ奥深い研究の可能性を示唆してくれます。要領よく説明された論文が多いため、ゼミのhandoutに時々、引用しています。
・最近読んで面白かった図書
深町眞理子「翻訳者の仕事部屋」(飛鳥新社)
手掛けた翻訳書は200冊以上の著名な翻訳家の翻訳講座。軽快で巧みな日本語で、翻訳の面白さと怖さが書かれています。翻訳に興味のある方、是非、読んでみて下さい。



![]()
今回は毎号の<研究室から>にかえて<本学教員主催の研究会>をご紹介することになりました。
浜下昌宏 総合文化学科教授
E-mail:m-hama@mail.kobe-c.ac.jp
黒田浩一郎 総合文化学科教授



<編集後記>
現在の暦(太陽暦)だと七夕は梅雨の真っ最中、逢えない年も多い牽牛と織女ですが、さて、今年はどうでしょうか。
七夕発行のVeritas no.11が出来上がりました。お忙しい中原稿をお寄せくださいました教職員の方々に厚く御礼を申し上げます。
オンラインで発行するようになって一年、まだまだ手探りの状態です。ご意見・ご希望・感想等お待ちしております。
みなさまどうぞ楽しい夏休みを!!!
![]()

図書館ホームページへ戻る